千葉氏について

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千葉氏の惣領

名前 生没年 略歴
  桓武天皇 737-750 平安京造営はじめ、東北地方にまで政権を広めた天皇。
  葛原親王 786-853 桓武平氏の遠祖にあたる文学に通じた一品式部卿親王。
  高見王 ???-??? 摂関政治の朝廷の中で無位無冠で生涯を終えた王。
  平高望 ???-??? 中央に愛想を尽かし、関東に赴任したまま帰京せず開発領主となった桓武平氏の初代。
  平良文 ???-??? 平将門の叔父で、彼の遺領を継いで、相模・武蔵・房総に勢力を広げた坂東平氏の祖。
  平忠頼 ???-???? 平家惣領と争いを繰り広げた、武蔵・房総の平氏の祖。
  平忠常 975-1031 房総半島を中心に平安時代に残る大反乱を起こした上総の在庁官人。
  平常将 ????-???? 清和源氏と交流をもち、その後の房総平氏の繁栄の礎を築いた上総権介。
  平常長 ????-???? 上総国大椎に本拠をもったまま下総国千葉郷の開発領主となった上総権介。
  平常兼 ????-???? 後三年の役に従軍して活躍。千葉郷を開発した下総権介。
初代 千葉常重 ????-???? 上総国大椎から下総国千葉郷亥鼻に移住し、鳥羽院に千葉郷を寄進し千葉庄を成立。
2代 千葉常胤 1118-1201 頼朝に協力し、房総平氏の庶流に過ぎなかった千葉氏を大々名におし上げた名将。
3代 千葉胤正 1141-1203 子息を下総各地の地頭として派遣。その力を強めた武勇に富んだ下総守護職。
4代 千葉成胤 1155-1218 少年時代からその武勇を謳われ、北条氏とも交流の深かった鎌倉千葉氏3代目。
5代 千葉胤綱 1208-1228 幼少の身で承久の乱の大将をつとめたが、若くして病死してしまった侠気の千葉介。
6代 千葉時胤 1218-1241 北条氏とはじめて縁戚となった千葉介。
7代 千葉頼胤 1239-1275 鎌倉期千葉氏の中でもっとも動乱にいた人物で、元弘の傷がもとで九州で没した。
8代 千葉宗胤 1265-1294 千葉新介。父を継いで九州の防衛を命じられ、大隅守として赴任した九州千葉氏の祖。
9代 千葉胤宗 1268-1312 兄の宗胤が九州へ赴任したため千葉介に就任した、下総千葉氏の祖。
10代 千葉貞胤 1291-1351 南北朝の動乱期に朝廷側に立って足利尊氏と戦うが敗れて降伏、千葉介を認められた。
11代 千葉一胤 ????-1336 千葉新介。南北朝期のはじめ、近江園城寺で足利方と争って戦死した武勇の将。
12代 千葉氏胤 1337-1365 二条流歌人。南北朝の戦乱の中で関東を中心に足利方として活躍した武将。
13代 千葉満胤 1360-1426 新田義貞の外孫。弟・酉譽は芝増上寺の開山。香取神社と抗争を繰り広げた。
14代 千葉兼胤 1392-1430 上杉禅秀の娘婿。鎌倉府侍所。禅秀の乱ののち、残党が起こした「上総一揆」を鎮圧。
15代 千葉胤直 1419-1455 永享の乱で結城城を攻めた千葉介。のち馬加康胤に討たれ千葉氏直系は滅亡。
16代 千葉胤将 1414-1455 若くして手腕を発揮して治政に臨むが、病死。
17代 千葉胤宣 1444-1455 父・胤直とともに康胤によって攻められ、自害して果てた千葉介。
※この三代は千葉介就任なしか 馬加康胤 ????-1456 千葉介満胤の子。原氏と組んで宗家を討ち、幕府から派遣された東常縁に討たれた。
千葉胤持 ????-1456 千葉介に就任することなく討死を遂げた馬加家御曹司。
岩橋輔胤 ????-1492 岩橋郷に館を構えて岩橋殿と呼ばれていた、千葉介氏胤の曾孫。
18代 千葉孝胤 1433-1505 武蔵千葉氏・上杉氏と生涯争いつづけた下総権守。
19代 千葉勝胤 1471-1532 歌人として、下総佐倉歌壇を守った文武に長じた下総権守。
20代 千葉昌胤 1495-1546 国府台の戦いで、宿敵・小弓公方一族を討ち取り、安房里見氏を敗走させた千葉介。
21代 千葉利胤 1515-1547 国府台の戦い以来、小田原北条氏との関係を強めた千葉介。
22代 千葉親胤 1541-1557 正妻に北条氏康の娘を迎えたが、反北条氏の立場であったため暗殺された千葉介。
23代 千葉胤富 1527-1579 もと海上氏家督。北条氏との関係を強め、北条軍団の一翼を担った千葉介。
※実在不明 千葉良胤 1557-1608 北条氏の政策に反発し、原氏に追放された千葉介。具体的事歴伝わらず。
24代 千葉邦胤 1557-1583 良胤と双子とされ、親北条派で氏康の娘を娶る。家臣に暗殺された。
25代 千葉直重 ????-1627 北条氏政の子で、常胤以来の千葉氏は完全に小田原北条氏の支配下に入った。
26代 千葉重胤 1576-1633 北条氏の人質として小田原城で育つ。歴史的に最後の千葉介。
27代 千葉俊胤 1578-1639 重胤の弟で鏑木を称する。子孫は神社の神官をつとめた。
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