東氏
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東氏とは
東氏惣領家
郡上東氏の一覧
江戸時代の遠藤家・東家
安東氏世(東益之の子)
東貞常(東時常の子)
東氏胤(東元胤の子)
東尚胤(東元胤の子)
郡上遠藤氏

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郡上東氏

 東氏は千葉介常胤の六男・東六郎大夫胤頼を始祖とする一族。「ひがし」ではなく「とう」とよむ。のちに下総国東庄(千葉県香取郡東庄町)一帯を領して東を名乗る。

 胤頼は文武両道に秀で、平安時代末期、まだ二十代の胤頼は上洛して上西門院に仕え、五位の位を受ける。また、三浦義澄とともに流人だった頼朝と交流を持ち、頼朝の挙兵に際しては、父・常胤らを説得して頼朝に味方させた。その功は大なりと頼朝に評価、信頼され、「東六郎大夫胤頼子息等」が本所や瀧口に伺候することについて、子細を告げることなく進退を意に任せる旨を示すなど、ほかの御家人とは一線を画した。

 胤頼は上西門院に仕えた経緯からか、京都との結びつきが深く、嫡男・重胤に家督を譲った後は京都の法然房に師事し、念仏行者「千葉六郎太夫入道法阿」として生涯を送った。おなじく念仏行者として有名な相馬次郎師常は胤頼の実兄である。

 東兵衛尉重胤も一時期上洛して滝口の武者として本所に詰め「東所」と号した。また関東武士でも著名な歌人でもあり、歌人である三代将軍実朝の「無双近侍」と称されるほどの信頼を得た。また、重胤の子・東中務丞胤行も定家の子・二条大納言為家について和歌を学んだとされる歌人である。なお、師匠・二条為家の娘を娶ったとされるが、二条家の伝および系譜にその記述はない。胤行は承久の乱の功績によって美濃国郡上郡を与えられたといわれ、子孫はおもに下総国東庄と美濃国郡上郡の二つに分かれることになった。新たに地頭職とされた美濃国郡上郡山田庄は東六郎左衛門尉行氏へ分配されたと思われる。

 行氏の子孫は代々二条流の和歌を継承し、室町時代中期の東下野守常縁は歌人として大成し、古今集の解釈の秘伝である古今伝授の創始者として著名。しかし戦国時代末期、東下野守常慶東七郎常堯の父子が一門の遠藤六郎左衛門尉盛数に城を追われ、郡上東氏三百年の歴史に終わりを告げた。

 遠藤盛数は東氏を滅ぼすと美濃郡上八幡城主となって東氏の旧領を治める。織田信長、その後は豊臣秀吉に仕え、関ヶ原の戦いでは遠藤但馬守慶隆が東軍に属して活躍したことを徳川家康に賞され、初代郡上八幡藩主となった。その後、常陸に転封したのち、近江三上藩主として幕末に至る。

 また、東常縁の末孫(一系譜によれば東常和孫)といわれる東六郎兵衛尉行澄は、明智光秀が本能寺の変を起こす直前の天正10年5月28日、愛宕山で百韻の連歌を催した(俗に「愛宕百韻」と呼ばれる)際に、一句献じている。

●郡上東氏(郡上東氏は行氏以降を指す)

当主 生没年 通称 官途 法名 勅撰和歌集 総歌数
東胤頼 1155-1228 六郎 千葉介常胤 秩父重弘女 遠藤持遠女   法阿弥 通性院殿真岩常源    
東重胤 1177-1247 平太 東胤頼 遠藤持遠女   兵衛尉 覺善 龍花院芳岩宗音    
東胤行 1194-1273 東重胤   中務丞 素暹 廣慶了空宗源 続後撰集
続古今集
続拾遺集
新後撰集
続千載集
続後拾遺集
新千載集
新拾遺集
新後拾遺集
新続古今集
二十二首
東行氏 1228?-1300? 六郎 東胤行   左衛門尉 素道 眞光院道瑜常雅 續拾遺集
新後撰集
續千載集
續後拾遺集
新千載集
新拾遺集
新後拾遺集
二十二首
東貞常 ????-????  東 行氏              
東時常 1253?-1314? 六郎 東行氏 中務丞 素阿 志禅院眞舜常仙 新後撰集
新千載集
新拾遺集
四首
東氏村 ????-1377   東胤行 左衛門尉
中務丞
下総守
素源 続千載集
新千載集
續後拾遺集
新拾遺集
新後拾遺集
十首
東常顕 1304?-1371? 東氏村 中務丞?
下野守?
素英 劉瑜院済慰常閑 続千載集
新拾遺集
新後拾遺集
新続古今集
七首
東師氏 1343-1426 四郎 東常顕 下総守 素杲 松林院暁月常山 新後拾遺集
新續古今集
四首
東益之 1376-1441 三郎 東師氏 源氏女
藤原氏女
藤原氏女妹
左衛門尉
式部少輔
下野守
素明 称光院経雅常月 新續古今集 一首
東氏数 ????-1471 東益之 源氏女 藤原基賢女 左衛門尉
下総守
素忻 新續古今集 一首
東常縁 1405?-1484? 六郎 東益之 藤原氏女 左近将監
下野守
素伝 花山院徳元常雅    
東縁数 ????-????   東常縁 左近将監
素光 寶慈院明行常意   
東元胤 ????-???? 三郎 東氏数 中務丞? 素通 栄樹院道潤了源   
東常和 ????-1525  東常縁     左近将監
下野守
素安    
東氏胤 1427-1495   東氏数 宮内少輔 素珊 聖慶院知寶常光   
東尚胤 ????-????  東氏胤     下総守      
東常慶 ????-1561   東常和 左近将監
下野守
素忠   
東常堯 ????-1583 七郎 東常慶 叙任せず   

●東氏の諸系図●

『千葉大系図』

●東胤綱―――常縁―――頼数―――――元胤――――常知――――氏胤―――――尚胤――――常氏―――――常数――
  式部少輔  下野守  宮内少輔   下野守   大和守   宮内少輔   下総守   宮内少輔   宮内少輔
  素明    素伝   素光     三郎    兵庫頭   素純     素経    素山     素縁

『松羅館本千葉系図』

●東胤綱(益之)――――+―氏数――――+―元胤――――常慶
  式部少輔・下総守  |  下野守  |  三郎    下野守
  素明        |  宗玄   |  早世す
            |       |     
            |       +―氏胤
            |          中務・宮内少輔
            |          素珊
            |
            +―東常縁―――+―頼数
               下野守  |  宮内少輔
               素伝   |  素光     
                    |
                    +―常和―――――胤氏―――――尚胤――――常氏
                       左近大夫          下総守   宮内少輔
                              素純     素経     素山

『系図簒要』(官途は代表的なもの)

●東益之(胤綱)――――+―氏数――――+=常縁(養子)――――――+―元胤(元数)―+―常慶
  式部少輔      |  下野守  |  下野守        |  下野守   |
  素明・乗明     |  素玄   |  書錦居士       |        |
            |       |             |        +―尚胤――――胤氏
            +―野田常縁  +―頼数(常政)―胤氏   |           下総守
                       宮内少輔   素純  |           素光    素山
                                  |    
                                  +―常和―――――――素昌
                                     下野守・歌人


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