原孫次郎基胤

原氏

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~原氏歴代当主~

当主 原胤高 原胤親 原胤房 原胤隆 原胤清 原胤貞 原胤栄 原胤信
通称 四郎 孫次郎     孫次郎   十郎 主水助
官途   甲斐守
式部少輔
越後守
越後入道
宮内少輔 式部少輔 上総介 式部大輔  
法名 光岳院? 貞岳院? 勝岳院
勝覚
昇覚
不二庵
全岳院
善覚
超岳院 震岳院?
道岳?
弘岳大宗  

 

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原基胤(????-1517?)

 原宮内少輔胤隆の嫡男。通称は孫次郎。法名は継岳院

 原宗家は原則として「胤」字を諱の後ろに用いているが、これは千葉宗家からの一字書出があったためかもしれない。しかし、「朝胤」「基胤」に限っては諱の初字に「朝」「基」が用いられている。これは、千葉宗家よりも格上の家からの偏諱があったためとも思われ、基胤の「基」は足利高基からの偏諱かもしれない。

 原氏の家督相続について「…胤隆讃岐守全岳、朝胤淡路守太岳、基胤孫次郎継岳…」(『千学集抜粋』)とあることから、基胤がまだ幼少の頃、父・胤隆は出家して「宮内太輔入道」を称し、家督はおそらく養子と思われる淡路守朝胤が継承していたのだろう。そしてその頃、原一族は古河公方家の足利政氏と嫡子・足利高基の対立に端を発した騒乱に巻き込まれ、父の政氏に加担していた上総真里谷武田氏(武田真理谷三河入道恕鑑)と、高基に加担した原氏は対立の度を深めていく。

 その頃の書状と思われる某年7月12日、古河公方・足利高基は「原宮内太輔入道殿」に、「長子孫次郎」を古河公方勢の応援として「中途令参上」させたことを褒めて感状を発給している。

●某年7月12日『足利高基感状』(『喜連川家文書案』)

 今度、長子孫次郎立進無壽至、于中途令参上候之條、忠信之至、
 感思召候、因而爰元御様躰、定朝胤可致対話候間、不及被仰出候、
 然而被成御自筆候、巨細高助可申遣候、謹言、

   夷則十二日      
     原宮内太輔入道殿

 原氏は戦いのたびに武田勢を撃退しており、武田三河入道は自らの力だけでは「不叶」であると判断し、足利政氏(古河公方)の子・雪下殿空然(鶴岡八幡宮若宮別当)を招き、彼を大将として小弓城を攻めようと画策した。空然は永正7(1510)年、還俗して「足利義明」を称した。

 おそらくその頃、基胤は淡路守朝胤から家督を譲られ、父の原宮内太輔胤隆入道の後見のもとで原宗家を相続したのだろう。しかし、永正14(1517)年10月、武田三河入道恕鑑・足利義明の連合軍が小弓城に攻め寄せ、14日の戦いで「小弓城主」「原次郎」と家老「高城越前守父子」「滅亡」「同下野守(高城下野守)」「逐電」した(『快元僧都記』)。このとき討死を遂げた「原次郎」とはおそらく基胤のことだろう。

●関東公方家略系図●

                              +―藤氏(古河落城後は里見義堯に保護される)
                              |
               【古河公方】         +―藤政(古河落城後は里見義堯に保護される)
 足利成氏―+―政氏――――+―高基―――――+―宮原晴直 |  
(左兵衛督)|(左馬頭)  |(左兵衛督)  |(左馬頭) +―家国(古河落城後は里見義堯に保護される)
      |       |        |      |
      +―上杉顕実  |        +―晴氏―――+―義氏――――氏     子
       (民部大輔) |        |(左兵衛督) (右兵衛佐) ∥    ∥
              |        |              ∥    ∥ 【下野国喜連川藩主】
              |        +―黒川時氏       +―国朝   ∥―――喜連川義親
              |         (左兵衛佐)      |(左兵衛督)∥  (河内守)
              |【小弓公方】               |      ∥
              +―義明―――――+―頼純―――――――――+――――――頼氏
              |(左兵衛督)  |                  (左馬頭)
              |        +―娘
              +―基頼      (宮原晴直妻)

●参考資料●

『房総叢書』 第五緝
『本土寺過去帳便覧』 下巻
『千葉県東葛飾郡誌』
『中世房総』中世房総の芸能と原一族 ―本土寺過去帳の猿楽者―  浜名敏夫著


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